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『君に会うまでは』 第十五章「結婚」 4

<前回まで>
『君に会うまでは』 第十五章「結婚」 3

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 はじめて渡辺靖子と会ってから半年ほど経っていた。彼女は花屋で働いてい

て、残業も多く休日も不規則だった。若い頃のように頻繁に会ったりはできな

かった。しっかりしていそうで、本当のところは世間知らずのところもあった。

そんな彼女にしだいに惹かれていった。年齢のことも心のどこかで感じていた。

女性はもっと切実なのかもしれない。妊娠、出産となると、高齢になるほどリ

スクは高まる。このまま、ズルズルと付き合う居心地の良さはなくはなかった

けど、男としての責任を果たすことも感じていた。きっとこんな自分勝手な男

を選んでくれる女性はそんなにいるはずはない。やっと掴んだ手を離さないで、

と誰かが囁くような気がした。結婚のことがおぼろげながら頭をかすめ、そし

て徐々に姿を大きくしていった。

 でも、その前にどうしても話しておかないといけないことがあった。

 自分は睾丸腫瘍という大病を経験して、左の睾丸を切除して、普通の人なら

2つあるはずの睾丸がたった1つで生きているのだ。日常生活は何ひとつ問題

はない。もちろん、普通の人のように性的な興奮で勃起もするし、セックスも

支障はなかった。ただ、こどもをつくれるのか?という部分では不安はあった。

それでも、あの時、主治医が話してくれた言葉だけが、慰めのように今でもず

っと心の支えになっていた。

 このことだけは、将来結婚する相手には話さないといけない。もし話さない

とすれば、それはあまりに不誠実だろう。仮にもし正直に話して、相手が離れ

ていったらという不安はあったけど、そうなったとしても、それまでの関係な

のだと納得しようと思っていた。



 靖子がテーブルにトーストを載せたお皿を差し出してくれた。

「ありがとう」

と僕は言って、こんがりと焼けたトーストを頬張る。

 今日、彼女は久しぶりに仕事が休みだったので、昨夜は家に泊った。朝は苦

手なようだけど、簡単な朝食をつくってくれた。

 僕は数日前から話そうと思っていたことを話すタイミングを見計らっていた。

彼女がテーブルに着いて、他愛もない話を交わしながら食事がひと段落するの

を待った。

「靖子、大事が話があるんだ」

と切りだした。

「えっ、何?大事な話って?」

「うん、大事な…」

 怪訝そうな顔をする靖子の瞳を、黙ったまま覗き込んだ。

「実は靖子には話してなかったことがあったんだけど…」

と前置きをしてから、あの20年前の春の日、突然奈落の底に落ちたようなつら

い闘病生活について、丁寧に話をした。

「ありがとう。話してくれて。大くん、そんな大病を経験してたんだ」

「うん。びっくりした?こんな元病人と付き合ってるなんて、いやになった?」

「ううん」

 それから僕は佇まいを正した。そして彼女に結婚を申し込んだ。それはとて

もシンプルな言葉だった。

「はい」と短い返事が返って来た。



 出会いの不思議さを感じていた。愛の言葉を交わし合った世界中の二人が感

じるように、この出会いは決して偶然ではないように思えた。知念光太郎だっ

たらどう考えるだろうか。その時、なぜかそんなことが頭をよぎった。でも僕

らはあのつらい日々があったからこそ、今こうして約束していたようにここで

出会えたと思えるのだった。


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